知られざるチュニスの魅力ー歴史編ー

イスラーム文化発信

みなさん、こんにちは。

今週は雨の日が続きそうですね。

なんとか晴れ間に洗濯をして、できるだけ部屋干しを避けているまうずです。

早く梅雨が終わりますように!

さて、今回はチュニジアの首都チュニスの紹介です。

北アフリカ随一の経済発展を達成したチュニジアの首都はどのような街なのでしょうか。

Sponsored links

概要

チュニスは、チュニス県の県都で、人口は約120万人の都市です。

規模はカサブランカ、カイロに次ぐ規模とされており、世界的に名前が知られた北アフリカの都市のひとつです。

また、チュニジア自体が北アフリカの中で中央に位置しているため、国際中継港としての役割を昔から果たしてきました。

その歴史性が評価され、1979年には旧市街が世界遺産に登録されました。

さらに、下の地図からも分かるように、シチリア島と目と鼻の先の位置に立地していることが分かります。

実際、シチリア島の最大都市パレルモとの間にフェリーが運航されており、約10時間から12時間程度で行き来できるようです。

Google Map

歴史

次に、チュニスの都市の歴史を丁寧に追っていきます!

チュニスの始まり

チュニスの成立時期は不明ですが、遅くともフェニキア時代(紀元前800年以前)にはカルタゴの衛星都市としての位置付けの街として成立していました。

フェニキア人は地中海東岸、現在のヨルダンやシリアに住んでいた民族です。

彼らは発達した航海技術を用い、地中海沿岸各地に植民都市を建設しました。

そのうちの一つがカルタゴだったのです。

以下の地図のように、カルタゴは地中海西部と東部の中間点にある港であり、大いに繁栄したことが想像に難くありません。

その後、ハンニバルという将軍がローマ帝国に敗れ、ローマの属州となります。

ただ、現在のチュニス市街地の基盤ができるのは、イスラーム王朝の成立まで待たなければなりません。

https://www.biblicalarchaeology.org/daily/ancient-cultures/ancient-near-eastern-world/who-were-the-phoenicians/

イスラーム王朝の成立と本格的な都市建設

その後、イスラームが成立すると、カルタゴからチュニスに注目が転回します。

「チュニジアを知るための60章」によると、

698年に、アラブの将軍ハサン・イブン・ヌウマーン・ガッザーニーが、当時ビザンツのシャいかにあったカルタゴを陥落させ、新しい都市の基地をチュニス湾の奥のチュニス湖とセジューミのセブハ(塩湖)の間に定めた。

鷹木(2010)

つまり、以下の写真のような海と湖の間に挟まれ都市防衛に適した土地に都市が本格的に建設されるようになったのは、7~8世紀からと考えられます。

そして、9世紀には城塞と外濠で囲まれた要塞都市として完成しました。

Google Map

チュニスの繁栄

この9世紀以後、チュニスは北アフリカ有数の都市として発展します。

「チュニジアを知るための60章」によれば、

国家の重要な財源は、洋の東西・南北を結ぶ陸路カイロの遠隔地交易(ことに金のキャラバン交易)であった。東アラブ地域やイベリア半島の庵ダルストの文化交流も盛んで、大モスク付属のマドラサは、モロッコのからウィーン・モスクのマドラサとともに、北アフリカの二大学術センターであった。

鷹木(2010)

また、街の人口も16世紀には5万8000人に達していたようです。

この背景には地中海南部をイスラーム勢力が安定的に支配しており、商業活動を活発に行えた側面が強くありました。

よって、大航海時代が始まると徐々に地中海の重要性が低くなり、同時にチュニスの経済活動にも陰りが見えてきたと考えられます。

植民地化と都市変容

そして、1881年にチュニジアはフランスに植民地化されます。

引き続きチュニジアの中で中心都市の位置付けであったチュニスは、宗主国フランスと第三国との貿易の中継都市として発展が促進されました。

以下の写真のようにフランス式の都市が旧市街のすぐ隣に建設されました。

結果、他国からの安価な一次産品が大量に流入し、伝統的手工業は衰退してしまいます。

また、農村もフランス人による大規模農場用地として土地を取り上げられ、多くの職を失った農民が都市に流入してスラムを形成しました。

そして、郊外にはフランス人向け住宅地が建設され、現在の旧市街、新市街、郊外住宅地、スラムの4重の都市構造が作られていったのです。

その後、チュニジアがフランスから独立すると、チュニス市長指導の下、街の修復活動や伝統的手工業の再興と都市の再開発が行われるようになりました。

その甲斐あり、1979年に世界遺産登録がなされ、チュニスはかつての賑わいを取り戻しつつあります。

最後に

歴史の植民地化の項では、チュニスの暗い側面についても書きました。

そういった複雑な経緯を辿りながらも、力強く生きているチュニス市民と話してみると、現代を生きるヒントが得られるかもしれません!

次回は、チュニスの街並みに焦点を当てて、良さを紹介していきたいと思います。

<参考文献>

・鷹木恵子編著「チュニジアを知るための60章」東京:明石書店, 2010

・Google Map

Comments

Copied title and URL